”「いや、そんなゆとりはないですね。面白さとは感じなかったです。自分の無意識を結構信頼してますから、かつてあんまり自覚もなしに置き去りにしてしまったものが、だんだんと自分にとって重い意味を持って来るという、そういう感じでしたね。まあ、これはよほど読んだ人じゃないと気がつかないと思うんですけど、ナウシカの幼いときの記憶でね、王蟲の子供を拾ったときに母親が一緒にいるんですけども、その母親がこっちを見てるだけでなにもしてくれない母親なんですね。それを描いたときは、なにかがかすめてそういうふうに描いただけなんですよ、母親がかばってくれなかったっていうのを。しかも、そこでは母親がかかばってくれなかったっていうふうには描いてないんです。ただ一緒に行ってしまう行列の中に母親も混ざってたっていうことが描いてあるだけなんです。だけど、それがだんだん自分の中で棘のようになっていって、あれはなんでだったんだろう?って考えてるうちに、ナウシカから『母親は私を愛さなかった』っていう言葉が突然出てくるんですよ。あのシーンはそういうことだったんだというふうに、突然出てきたんです。だから、そのあいだにはものすごく時間があるんですよね。十年ぐらいかかってるんですよ(笑)。自分で描いたものが、あれはなんだったんだろう?っていうような感じで尾を引いて、辻褄が合わなくなってくるでしょう?それで辻褄合わせようとして、こうなってああなってああなってこうなってって、そんなことばっかり考えてると、だんだん浮世離れしてきて、もういい加減にしてほしいっていう、その連続でした。その息抜きとして『雑想ノート』でバカなことを書いてガハハと笑って。締切を終えた直後は一週間は『雑想ノート』にかけられるとかね(笑)。でも、『ナウシカ』が終わったら、『雑想ノート』のほうのエネルギーも終わってしまってまいったんですけど(笑)」”

 

 

宮崎駿
「風の帰る場所」2001.11.インタビューより

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