”「うーん、まあ、たぶんそうなってますね。結局あれを描いて(コミック版『ナウシカ』)、自分が土人なんだっていうことも分かったんですけどね(笑)。東アジアの片隅のね、長城の外の蛮族の思想なんだっていうふうに僕は思い立ったんですよ。悔し紛れにですね、アニミズムっていうのは二十一世紀以降の人類にとっての大事な思想になるんだって言ってますけど(笑)、だけど悔し紛れかどうかわかんないにしても、たぶんどっかでかなり真剣にそういうふうに思ってますよね」”

 

”「まあ、確かにおっしゃるとおり『ナウシカ』のコミックの最後のあたりで、こう本当に『これは甘いうあ』っていうふうな部分が次々と自分の中で満つかて、なんとかしなきゃいけないっていうハメになって(笑)。それで、最後の終わりの部分を描こうと思ったときに『ああ、なるほど』っていうふうに自分が納得いくのを見つけてみたら、出発点の自分と全然違ってたんですね」

 

(インタビュアー)ーーーそうですねえ。ですから本当にドキュメンタリーで、『ナウシカ』はああいうふうに終わるはずではなかったですよね、もっとヨーロッパ的な世界観で終わるはずでしたよねえ。

 

「ええ、そうです。たぶんそういうふうになるはずでした。むしろもっとごまかしてね、例えば『2001年宇宙の旅』とか『AKIRA』の最後みたいになんか訳のわかんないとこにいってね、その後作品が作れなくなるっていう(笑)、そういうことになりかねないっていうね」”

 

”「いや、だって人間の及ばない世界によって運命が決められてるって言うのは、ガイア理論なんかが出てくるのもそのしだと思うんですけれども、確かに今の様な、この地球に異常気象とかがある時代に居合わせてるからなんですよね。だけど、でもやっぱり人間というか、目の前にいるその女の子のこれからの人生を修復できるかできないかっていうことを捨てちゃうと、僕らにとってはまったく根も葉もないものになっちゃうんですよ。やっぱりどっちが大事かっていうと、そっちが大事だって、それがなかったらもう作品を作る根拠はなにもないって思うんですから。だから、やっぱりそっち側も基準になるものは『もののけ姫』と全然変わってる気はないんですよ。ただあの、湯屋といえども残ってほしいという想いがあったというね(笑)」

 

(インタビュアー)ーーーだから、この『千と千尋』は、より一層『ナウシカ』の最後の世界観を進めてますよね。

 

「まあ、そうなんでしょうかねえ。そこらへん僕は今回とにかく意識的にそういうのを捕まえてやろうっていうことすら放棄してやりましたから。だから『こういうことだよ』っていう『こういうふうになるから大丈夫』ってその子たちに言いたいっていうかね、美人とか特に才能があるとか族長の娘に生まれるとかね、空を飛べるとかそんなのがなくても、そのくらいの力をみんな持ってるっていう、そういう映画を作りたかったていう」

 

(インタビュアー)ーーーそうですよね、電車に乗れれば大丈夫っていう映画ですからね。

 

「ええ、電車乗りますからねえ。みんなその電車に乗ったときのドキドキっていうのは、どっかで忘れてる人も覚えてる人もね、みんな共通に持ってる体験ですから、そういうところで映画を締めくくれたのは嬉しかったです。まあ、最後はハクが空を飛ぶんですけどね。でも、あれはまあ、ハクっていうのは不良少年だから、バイクに乗せてもらったようなもんだっていうふうに雑にスタッフには説明して」”

 

 

 

宮崎駿
「風の帰る場所」2001.7.インタビューより

 

 

 

 

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