”「どうして彼があんなにアニメーションにこだわるのかってときにね、やっぱり彼(手塚治虫)の漫画が日本の漫画から出発してるんじゃないことなんですよね。ディズニーのアニメーションから出発してるところなんですよ。それで、とうとうあの人はやっぱり‥‥‥あるところではものすごく優れてるのに、その自分の親父さんをどっかで殺し損ねてるんですよね」”

 

”「ディズニーを否定しきれなかったんですよ。やっぱり少年の日のまぼろしなんですよ、もう理屈を超えてるような気がするのね。だから『白雪姫』を三十六回観たとかさあ、なんか言うでしょう。あれを今観てみなさい。真面目な視点を持って、これがちゃんと生身の人間だなっていうふうに移し替えて、あの『白雪姫』を。アホな娘ですよ、もう」”

 

”「王子も。だから、そういう見方をしなくて済む時代に成り上がった作品なんだよね。それはディズニーが振りまいたヨーロッパ教養主義みたいなものの幻影をアメリカ人に与えてね。しかもアメルカだけが先進国だったっていうことがーーーだからいまだに、むしろアメリカではディズニーは聖域になっちゃったでしょう?」”

 

”「その人物が死ぬとね、安心して褒めだす人たちがいるんです。美空ひばりの生前にはね、聴こうともしないでいた奴がね、死んだら、いやー、やっぱり大した奴だったな、なんて言うんだよね。頭にきますよ。生きてるときにそういう発言しろって言ってやったんだけど、僕は今でも手塚さんと闘っているんだと思ってるから。死んだと思って、安心して褒めたくないんですよ。あの人のニヒリズムに僕らは畏怖の気持ちで憧れ、影響されたんです。あの人の中に、その後のこの国の大衆文化の光と闇が凝縮されてあると思うんです。だから、死んだってちっとも安心なんかできない。彼への自分の言葉は、一番自分への鋭い刃にならなければならないはずなんです」”

 

宮崎駿
「風の帰る場所」1990.11.インタビューより

 

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