”「いや、僕は手塚さんの漫画にものすごい影響を受けた人間なんですよ。それで、自分がそういう仕事をやるときに『このまま仕事に入っては駄目だ』っていうとこまで手塚さんに追いつめられた人間なんですよね」”

 

”ええ。彼のスケールを超えることはできないだろうと思って。それで実際、僕は石ノ森章太郎にしてもね、その後に手塚さんの流れを汲んで漫画に入った人たちも一人として彼を超えてないと思うんですよ。だけど、仕事で受けるのと自分の内面の闘いは別ですから、同じ土俵の中で彼の中の一部を引き延ばして、仕事をやるのかどうかっていう問題ですよ。だから、二十代のときにひどい葛藤があったんです、自分の中に。そのときに彼がアニメーションに手を出したことによって僕は救われたんです。逆な言い方をすると」”

 

”「『こんなくだらないもんやってるの!?』っていう(笑)」”

 

”「だから、僕が発言してるのは、手塚さんのアニメーションに関してだけです。手塚さんの漫画を見るのは僕の子ども時代においては、その本を一冊、友人から借りるにしても買うにしても、大変な出来事でしたからね。『新宝島』っていうのに出会ったときにもーーーいやあ、それはうんと子どものときですけど、『これはなにか違う』と思って、ドキドキして見ましたよ。だから、それについてはね、その尊敬の念とか彼のやった役割については全然疑問を持ちませんけども。彼がアニメーションでやったことは間違いだと僕は思うんです」”

 

”「ええ。はっきり思います!彼のやってたテレビ・アニメーションというのはね、彼は本来ヒューマニズムでないのに、そのヒューマニズムのフリをするでしょう。それが破綻をきたしてるんですよ、『ジャングル大帝』なんかでね」”

 

(インタビュアー)”ーーー僕は一度、手塚治虫にインタビューしたことがあるんです。で、ヒューマニズムについてちらっと話したら怒りだしちゃいましてね、手塚さんが。「もう、やめてくれ!俺についてヒューマニズムと言うな、とにかく。俺はもう言っちゃ悪いけど、そこらへんにいるニヒリズムを持った奴よりもよほど深い絶望を抱えてやってるんだ」と。”

 

(インタビュアー)”『ーーー「ここではっきり断言するけど、金が儲かるからヒューマニストのフリをしてるんだ。経済的な要請がなければ俺は一切やめる」と、もういきなりシリアスな顔をして怒られましてねえ。”

 

”「それがね、つまりそのヒューマニズムでないものが、僕らをものすごく掻き立てたんですよ」”

 

”「ええ。だから、昭和二十年代の彼が単行本で出した世界の持ってる衝撃っていうのは恐ろしいものだったわけですよ。で、それを『(鉄腕)アトム』がメジャーになったとたんにね、ヒューマニズムにすり替えたんですよ。で、それが彼の商売感覚だと思うんです。それもわかるんですよ。僕らも似たようなことをしょっちゅうやってるから。だけど、それは漫画のときとアニメーションのときは違う。アニメーションのときはそのヒューマニズムの問題だけじゃなくて、なんかやっぱり長屋の大家の義太夫なんだよね。で、現場から聞こえて来る話がそればっかりなんですよ」”

 

宮崎駿
「風の帰る場所」1990.1インタビューより

 

 

 

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